装着型サイボーグ“HAL”

筋ジストロフィー

病態

筋ジストロフィーは、「筋線維の変性・壊死を主病変とし、進行性の筋力低下を見る遺伝性疾患」です。骨格筋の機能維持に必要な遺伝子に生じた変異が、産物であるタンパク質の機能に異常を生じさせ、筋細胞の変性・壊死を引き起こします。筋ジストロフィーの責任遺伝子は1987年のジストロフィンの発見以後、これまでに50以上が同定されています。これらの遺伝子の細胞内発現部位や、筋変性に至る過程は様々ありますが、変性後の筋萎縮・線維化・脂肪置換、筋力低下、運動機能障害に至る過程は共通性が高く、一つの疾患群として括られています。

 

分類

筋ジストロフィーの古典的病型分類は、遺伝形式や発症時期、臨床的特徴に基づいていて(表1)、X染色体連鎖のジストロフィノパチー、常染色体連鎖で歩行能力を獲得する肢帯型と、歩行能の獲得が通常困難な先天性、筋強直現象や前腕・下腿・顔面・体幹優位の筋力低下、多臓器の障害を特徴とする筋強直性、顔面・肩甲帯・上腕優位の筋力低下を示す顔面肩甲上腕型、心伝導障害や強直性脊椎、肘関節拘縮などを特徴とするエメリー・ドレフュス型、眼症状と嚥下障害を特徴とする眼咽頭型があります。

 

表1.筋ジストロフィーの古典的病型分類

 

患者数

疫学については、代表的疾患であるデュシェンヌ型は男児出生5000-6000人に1人程度、最も患者数の多い筋強直性は人口1万人あたり1人程度とされています。ただし、軽症例では確定診断されていない症例も多数存在し、ニューヨークにおける筋強直性の新生児スクリーニングでは、遺伝学的診断基準を満たす児が出生2100人辺り1人見られました。

 

症状

共通する症状として、筋力低下・運動機能障害があります。運動機能の低下は関節拘縮・変形ももたらし、特に小児発症例では深刻な問題となりやすくなりなります。

生命予後を規定する要素としては、呼吸不全、心不全・不整脈、嚥下機能障害が挙げられます。これらの発現時期は病型・疾患によって違いがあるため注意が必要です。例えば、呼吸不全は一般的には歩行能喪失後の進行期に出現しますが、筋強直性では呼吸調節障害のため病初期から低酸素血症・睡眠時無呼吸が高頻度に見られます。心臓については、ジストロフィノパチーやサルコグリカノパチー等ではポンプ機能障害が必発であるのに対し、筋強直性やエメリー・ドレフュス型では心伝導障害・不整脈が高頻度で突然死が多く発生します。嚥下障害も一般的には進行期に出現しますが、筋強直性や眼咽頭型では病初期から出現します。平滑筋障害による便秘・イレウスの頻度も高いです。

また、福山型、筋強直性、ジストロフィノパチーなど一部の疾患では中枢神経障害を伴うことが多いことにも留意する必要があります。

 

治療

現時点で筋ジストロフィーの根本的な治療薬はありません。有効性の確立しているものとしては、デュシェンヌ型に対するステロイド治療があり、歩行期間の延長、呼吸機能の維持などの効果が知られています。この領域は、新規治療薬の開発が盛んで、海外を含め保険承認を受けたものが見られるようになっています。本邦では、2020年にジストロフィン遺伝子のエクソン・スキッピング治療薬のビルテプソが保険承認されています。

これまでの筋ジストロフィー医療は、二次的障害の予防と代償手段によるADL維持、合併症の適切な管理を中心とした集学的医療が行われてきた。リハビリテーションは全ステージで大きな役割を果たし、初期は関節可動域訓練や立位訓練等による拘縮・変形予防が中心的に実施されます。2016年にはHAL®医療用下肢タイプが筋ジストロフィーを含む神経筋8疾患に医療適用となっており、歩行能力維持効果が期待されています。進行例では、気道クリアランス・コンプライアンスの維持を目的とした呼吸理学療法、嚥下機能評価・訓練、車椅子処方や環境調整、IT支援などによる移動・社会参加支援などが行われています。

合併症については、定期的評価による早期発見・早期介入を図ります。呼吸では、初期の異常は睡眠時に出現するため、sleep studyが重要です。呼吸不全に対しては、人工呼吸療法が有効で、筋ジストロフィーの生命予後を大きく延長しました。非侵襲的人工呼吸療法が中心で、多くの患者は在宅で長期間人工呼吸療法を行うため、呼吸器装着下でのADL維持や災害対策などの工夫を図ります。心不全については、ACE阻害剤やβ遮断薬など心筋保護治療が普及し、一定の効果を認めていますが、有効な代償手段が無く、現在の主要死因となっています。不整脈についてはデバイス治療やアブレーション、薬物治療を試みます。

嚥下障害が進行すると、代替栄養法の導入を考慮しますが、嚥下障害と呼吸不全は並行して進行するため、嚥下障害が顕在化する時期には胃瘻造設が困難な場合が少なくありません。このため、嚥下機能障害の進行が見込まれる例では、胃瘻造設の是否や時期について早期から相談しておくことが重要です。


 

解説:松村 剛

国立病院機構大阪刀根山医療センター

脳神経内科

特命副院長 兼 臨床研究部長