装着型サイボーグ“HAL”

脊髄性筋萎縮症

概要

腕や太腿の筋肉が痩せて、力が低下するという状況がゆっくり進行していく疾患です。一般に感覚の異常(触ってもわかりにくい・ビリビリまたはジンジンする)は伴いません。発症する時期とどの程度まで運動能力を獲得するかにより病型が分けられており、発症時期が早いほど重症です。例えば、乳児で発症するI型では力が発揮できない状況が呼吸筋にも及ぶために人工呼吸器が必要となります。他方で、成人になってから発症するIV型では小児期には全く正常であり、上腕や大腿の力が弱いことがゆっくりと進行して腕が上がらなかったり車椅子が必要になる方もいます。

 

原因

遺伝子の異常(生まれたときに既に遺伝子のごく一部が欠損している)によりこの疾患を起こす一群があることが判明しています(遺伝子異常を決定できない症例も例外的に存在します)。第5番染色体に遺伝子異常が決定できた場合では、脊髄に存在する運動神経細胞が次第に「変性」と呼ばれる病的過程により失われていきます。運動は一般に大脳から発せられた命令が脊髄という中継基地を介して末梢神経から筋肉へ伝えられますが、前記の病的過程のために、この疾患では、動かそうとする意思はあっても(中継基地が働きにくくなるので)動かせない状況となり、これが少しずつ進行していってしまう状況が生まれます。

 

症状

小児科領域では体が異常に柔らかいといった症状や、運動発達の遅れなどで気づかれます。成人発症の場合には、いつのまにかゆっくりと筋肉の力が低下していく経過をたどります。指先や足首といった部位より、体幹に近い肩、上腕、大腿のほうが症状が強いのが特徴です。

 

診断方法

上記症状や経過に関する問診や診察所見からこの病気を疑った場合、下記の検査により支持できる所見を得ながら、血液検査によって遺伝子異常を確認して診断へ至る方法が、現在最も広く行われるプロセスです。

 

検査

主として他の疾患のために症状がもたらされているのではないことを確認していく目的で行われます

・神経生理学的検査 神経伝導検査(脚注1)により脊髄レベルの障害で矛盾がないかどうか(末梢神経レベルの障害でないかどうか)、他疾患による末梢神経障害のために症状がもたらされていないかを確認します。必要があれば針筋電図(脚注2)を行って、神経由来の病態であり筋疾患ではないことを確認する目的で検索します

・放射線学的検査 MRI(脚注3)などにより脊柱・脊髄に他の疾患(椎間板ヘルニアによる圧迫など)がないことを確認します

 

治療

一般には二本立ての治療が検討されます。

(1)遺伝子異常を是正しようとする薬剤

2022年8月現在3種類の薬剤が国内で使用可能です。一般名が「ヌシネルセン」という薬剤は脊髄腔内への注射による投与、「オナセムノゲン アベパルボベク」は2歳までに1回だけの点滴、「リスジプラム」は内服投与です。

(2)既に起こった筋力低下をリハビリテーションにより回復させようとする治療

ロボットスーツHAL(原理などについては他の項を参照ください)を併用したリハビリには効果が認められています。前記の薬物治療と相補的に行うことがより効果的と思われます。

様々な理由で薬剤が用いられない場合でも、可能な範囲でリハビリテーションを継続することはよりよい生活をする上でも、また将来より進んだ治療が導入されたときに状態を保っておくためにも大変重要です。また、筋力低下により起こる障害への対症療法も重要です。例えば呼吸機能が低下した場合の人工呼吸器、嚥下機能が低下した場合の経管栄養などです。

 

展望

この疾患は「遺伝子異常そのものへの介入」という原因へのアプローチと、「起きている障害をリハビリテーションにより改善させる」という症状へのアプローチとが二つ同時並行で最先端の治療が可能になっている、ともみなすことができ、筋萎縮性疾患(例えばALSや筋ジストロフィーなど)全般へ治療モデルの一つを提供している、とも考えることができます。人工呼吸器や胃瘻造設に至る患者さんが激減した未来が楽しみです。どのようなステージにどのような治療の組み合わせがベストであるかについての検討がこれから進んでいくものと期待され、患者登録のますますの発展が期待されます。患者さん・ご家族を中心として、関わる多職種の医療従事者がチームを形成して、個々の症例においてベストな治療選択肢を話し合って、積極的に治療を選択していくことが重要と思います。

 

脚注

1)神経伝導検査:手や足の神経を表面から電気刺激し筋肉から電気活動を記録解析することで、神経の伝わり方・筋肉の動く度合いを調べる検査

2)針筋電図検査:筋肉に細い針を刺して筋肉の活動の様子を電気的に波形にして観察する検査。一般に筋肉に病変の主座がある病気と、神経に主座がある病気とでは所見が大きく異るので、これを見分けるために使われます

3)MRI:magnetic resonance imaging 磁気共鳴画像、強力な磁場を発生する大きな円筒の装置に入って、体内部の断面画像を作成する検査。


 

解説:諏訪園 秀吾

独立行政法人 国立病院機構沖縄病院

脳・神経・筋疾患研究センター長